【はじめに】
今から10年前、私たちは 「明日を拓く植物科学」 と題して、研究成果を市民の皆さんに講演する機会を得ました。その折、同僚の小俣達男 (現名古屋大学大学院生命農学研究科教授) さんの話に、“植物って何か? 子供たちに尋ねるとかれらの多くは困惑し、しばらくして 「緑色のもの、葉っぱのあるもの、花の咲くのもの、種で増えるもの、動かないもの」 などの答えが返ってくる。植物が 「生き物」 の仲間であると答える子はまれであり、中には 「植物は生き物じゃないんでしょう?」 と尋ねる子すらいる” というのがありました。以後、このことは私の脳裏に焼き付いてはなれませんでした。現役の仕事を離れた今、やっとその言葉を踏まえ、植物の生き物としての働きを何とか皆さんにわかっていただきたいとの願いでこのエッセイを書き上げました。
分子のレベルでみれば、植物も他の生き物と変わりなく、とてもダイナミックな働きをしています。このことを少しでも知ってもらいたいというのが著者の第一の願いです。ですから、その個々の営みの詳細について知識を得ようとするのではなく、そのダイナミックな働きを垣間見て欲しいのです。それには植物の体内に入り込むということが効果的であると考え、著者が少年時代に読んだアメリカの物理学者ジョージー・ガモフ博士の “生命の国のトムキンス” にヒントを得てミクロの世界に入り込むという手法をとりました。
記述はできるだけ新しい研究成果に基づいて描くように心がけました。でも、時を経て研究が進めば、現在の理解も変化するでしょうし、見方も変わってくる筈です。これはサイエンスの宿命です。読者のみなさんがこのエッセイをきっかけに、植物への理解を深めていただければと願います。さらに、読者からのご意見と提言を得ながら、研究者と一緒になってその内容の進化を遂げることが、このエッセイに登場するナズナ博士の本望です。
2011年7月7日