松岡 メンデルの法則が当時の人たちに理解されなかった理由は、その斬新性にありますが、それ以外にも、人間が興味を持つ色々な遺伝現象が必ずしもメンデルの法則に従わなかったこともその原因の一つです。例えば、イネのタネの数が今のメンデルの法則に従うとすると、コシヒカリとハバタキを交配して子供を作り、その子供同士を交配して孫の代のタネの数を数えた場合、タネを多くする遺伝子が優性だとすると、さっきのエンドウの赤色と同じで、コシヒカリのように少ない個体が1、ハバタキのようにタネが多く付く個体が3、出てくることになります。例えば、孫の80個体を用いて実験をやった場合、コシヒカリのタネの数付近、つまり一穂当たり150粒つくるグラフの位置に 80÷4 の20個体、ハバタキのタネの数、一穂当たり300粒つくるグラフの位置に 80÷4×3 の60個体が期待されます (図8)。ところが実際に実験をやってみると、全然そんな風にはならずに、コシヒカリと同じの一穂当たりのタネ数の個体が一番多いですが、それよりも少ない個体から、ハバタキよりも多くタネを付けるイネも少ないながら出てきます。つまり、イネの収量はメンデルの遺伝の法則には従わないわけです。
実際、このようにメンデルの法則に従わない遺伝現象は非常に多くあります。というより、私たちが興味を持つ性質、私たちはこのような性質のことを、遺伝形質という言葉を使いますが、ほとんどメンデルの法則に従いません。例えば、人の背の高いか低いかということを考えた時、背の高いお父さんと背の低いお母さんが結婚して子供ができる。その子供どうしが結婚して (あり得ないけど) 結婚して孫ができる。その孫は3人が背が高くて、1人は背が低くなる、ということはない訳です。でも、人の遺伝を話すと、色々問題になることが多いので、イネの遺伝でお話しをすると、背の低いイネと高いイネを交配し、孫を作ると、人と同じで、低いイネから高いイネまで連続した背丈を示すことになります (図9)。
では何故メンデル法則が通用しないのでしょうか。その理由は大きく2つ考えられます (図10)。1つは、育つ環境の問題があります。例えば、同じ遺伝子を持っていても、栄養の良い環境で育ったイネと悪い環境で育ったイネでは、大きさに違いができます。また、もう1つの理由は、背の高さは1つの遺伝子では決まらない、ということがあります。実は、メンデルの法則には前提があり、注目している性質が1つの遺伝子で決定される必要があります。逆に、複数の遺伝子により形質が決められる場合はメンデルの法則は通用しないわけです。